しょんぼり映画村

マッハ人生の見た映画の記録、または負の遺産。

【実写版】銀魂【ごめんなさいしなさい】

どうも僕です。

鉄は熱いうちに打て、出る杭は打てということで早速レビューしていきます。

 

夏だ!祭りだ!

銀魂だ!

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銀魂(2017年 日本)

監督/脚本 :福田雄一

出演:小栗旬 菅田将暉 橋本環奈 等

製作:「銀魂」製作委員会 制作:プラスディー

配給:ワーナー・ブラザーズ

 

先に総評というか簡単に言うと「これバカだろ」というのが率直な感想です。原作を読んでる方や既に映画を観た方にはわかっていただけると思いますが、褒めてます。

昨今出ている「邦画漫画原作多すぎない?」「実写化はクソ」「ハリウッドでやってくれ」「ザ・レイド GOKUDOを観ろ」という風潮の中での「銀魂」実写化でしたが、よくぞここまでやってくれたのうって感じです。

 

 原作を知らない人もいると思うので一応説明しておきますが、「銀魂」は週刊少年ジャンプで連載中の漫画。

ざっくりいうと江戸時代に宇宙人が来て文明レベルが近代に限りなく近い中で繰り広げられる(基本的には)ギャグ漫画で、時事ネタやら大手おちょくるネタなどかなりきわどいラインを攻めていっています。

そして、原作者が言い回っているのでご存知の方も多いと思いますが、監督福田雄一は「勇者ヨシヒコ」シリーズを手掛けた変態。この人が銀魂を撮ったら、さぞかし酷いこと(※褒め言葉)になるんだろうなと期待している人も多かったと思います。

 

ところで。

先ほども述べたように昨今漫画原作の実写映画は、原作を好きだった人や俳優が好きな人のみならず、両者を知らず何気なく映画を観た人たちをもガッカリさせている事実があります。

やれキャストが合ってない、やれ原作と違う等言われておりますが、映画単品として評価する際それらは別にどうでもいいんです、映画として面白ければ。ではどうしてこうも立て続けに失敗しているか原因を考えてみると、大きく2つあるのかなと。

 

 その一つが「予算」。

日本人はいまだに「ハリウッド映画1本撮る予算で初代ゴジラが20本撮れる」と言って喜んでいるんですが、これ恥ずべきことでして。

予算が多ければ名作が撮れるなんてことはないんですが、多ければ多いほどいろんなことができる。試行錯誤もできる。予算が少なく、余裕もないためやれ「自宅コスプレ勢レベル」だの「FFの方がリアル」だの言われてしまうような画になってしまう。

 

もう一つが「二次元と三次元の違い」。

これ何もキャストやCGの出来の問題ってだけではなくてですね。漫画だからできる、アニメだからできる表現ってのがあると思うんですよ。

漫画から実写映画になった際に違和感をおぼえやすいのはセリフについてでしょうか。少し乱暴な言い方をすると、漫画では記号が喋ってるセリフが実写では人間が喋ってる。記号だとすんなり受け入れられる言葉でも人間がしゃべると「いやこの状況でそんなこと言わんだろう」と。

極端な例で言うとキャプテン翼、あれ実写化したとして解説的なセリフそのまま流し込んで違和感なく表現するなんて生半可な演出じゃ無理だろと思うんですよ。でも、多くの実写化映画ではそれをやってしまっている。セリフだけじゃなく、所作や行動にしても。

これ憶測で物をいうので怒らないで欲しいんですけども、実写化映画撮る人ってアニメ漫画の表現、いやアニメ漫画自体をナメてないですかね。ナメてるから「そのまんま人間にやらせたろ」ってなってんじゃないのかなって思ってしまうんですよ。トゥーン的表現について語ると長くなるのでここらで締めますが、媒体が違うのに同じような演出をしようとして失敗してしまう。

 

 長くなりましたが、銀魂の話に戻ります。以上の点について今作、見事クリアしてしまってます。わりと卑怯な手で。

 まず監督の福田雄一、先にも述べたように「勇者ヨシヒコ」シリーズを手掛けています。知らない方のために説明するとこのシリーズは「低予算で作ったドラゴンクエストの酷いパロディー」です。

この監督、元々低予算で作品作るのに慣れてるし得意なんでしょうね、抜くべきところと力を入れるところを心得でいるんでしょうか。CGとか色々なところで雑というか安っぽいところがあるんですが、画面全体で見ると違和感がない。むしろ全体の質感が統一されていて自然さすら感じる。

 

 もう一つ、二次元と三次元のギャップを埋めることについてですが、これ本当に卑怯なやり方で、他の作品には多分真似できないです。

その方法というのが「コント」です。卑怯でしょう、これ映画じゃなくてコントなんですよ。漫画のトゥーン的表現、例えばキャラクターの異様に濃い言動だって「まぁこれコントだし」「ギャグだからなぁ」と片づけて受け入れてしまう。

そして原作をよく知らない人にも「あぁ、これコントなんだ」と一瞬で理解させる演出もある。ネタバレにならないように言うならば「冒頭の小栗旬」です。あれです。観た方はわかるでしょう、あの「冒頭の小栗旬」です。

 

 そして上記の二つをクリアする大きな力になっている要素がもう一つありまして。これ「銀魂」なんですよ

原作わからない人には申し訳ないんですが、僕はもうすでにコミックスの「銀魂」を連載初期から読んでいてなんなら杉田智和が「はい思ってたのと違うとか言わない、俺は生まれた時からこの声なの」と声を当てているアニメ版「銀魂」も知ってしまっているから、ある程度のことは「まぁ銀魂だしな」で受け入れて流せてしまうんです。

今さら原作を知らないフラットな状態で観ることはおそらく不可能で、なるべくひいき目にならないようにと気を付けていたんですが心のどこかで「銀魂だもんなぁ」と思ってしまっていました。

 

 漫画実写化の前にある障害を「銀魂」という卑怯な方法でクリアした今作ですが、それでもちょっと(ほんのちょっと)気になる点がありまして、どうしても「坂田銀時小栗旬」というイメージが拭えませんでした。坂田銀時ではなく、俳優がコントをしているなという。これは先にも述べた「冒頭の小栗旬」が原因かなと思うので、あれは諸刃の剣であったなと。

もちろん、役ではなく俳優として見えてしまうというのは今作だけの問題ではなくて、顔や演技に個性の強い俳優だとどうしても俳優そのものに見えてしまうというところがやっぱりあって(個人の感想なのでお気になさらず)。恐ろしいのはそれでも「銀魂だし」で受け入れられてしまうところ。なんやねん銀魂

 

 そんな中、格が違うなと思ったのは「岡田似蔵」役の新井浩文と「高杉晋助」役の堂本剛でした。二人は今作の中でギャグをやらない貴重な役柄なんですが、全体的に安っぽくコントっぽい作品をキュッとシリアスに締めてしまえる、そんな演技でした。この二人だけなんで真面目に映画俳優やってんの?これコントですよ?わかってる?かっこよすぎない?

 

 シリアスの話題が出たところで、原作の銀魂も基本はギャグなんですが途中シリアスになったり人情ものになったりしてその混ぜ方がとても上手いんですが、今作でもそのギャグとシリアスの混ぜ方がとても上手だったなと思いました。そこらへんもちゃんと銀魂でした。

ただ、こう言っちゃなんですけども、この監督やっぱりシリアスなシーン撮るの苦手なのかな?と思ってしまうこともありました。多分「銀魂だからなぁ」と思って流せてしまう人も多いんでしょうけども、わざとやってるにしてもそこはちょっとちゃんとシリアスに寄せて欲しかったなと。

 

 長ったらしく書きましたが、結論はこうです。

実写映画「銀魂」は「銀魂」でした。ちゃんと銀魂やってました。ワァイ!

小栗旬だろうが菅田将暉だろうが橋本環奈であろうが容赦なく酷いことをさせ、大手相手にした色々と危ないネタをやったり、坂田銀時小栗旬だったけどもギャグとシリアス両方をしっかりと押さえており、そして笑えた。

原作好きな人は大満足なんじゃないかしら。ただ、千年に一度の美少女橋本環奈が好きな人は、こう、心臓を叩いてからご覧になることをお勧めします。詳細は省きますがゲロ吐きます。

 

 銀魂を観ている間、懐かしさに似た親近感を抱いていました。この記事を書いていて思い出したんですが、この懐かしさはおそらく「釣りバカ日誌」です。

静かにしなきゃいけないはずの映画館で、観客たちは声を押さえて、しまいには声を出して笑ってしまう。

映画って、たぶんこういうのでもいいんですよ。そりゃ安くないお金を出して観るんですからそれ相応の期待をして然るべきなんでしょうけども、泣けるとか感動的かとか以前に、面白くなきゃいけないんだなって。

とても面白い映画でした。いち銀魂ファンとしては大満足です。

 

 

 ……ところで今作、喧嘩売ってる相手が社内であったりちゃんとエンドロールのクレジットに書いてあったりして安心したんですが、その、「スタジオジブリ」って書いてありましたか?僕の見落としかもしれませんが、なかったような気がしてですね。ジブリの名前を確認できた方はコメントで教えていただけたら幸いです。